2006年11月19日 (日)
脳脊髄(せきずい)液減少症
めまいの原因にもなる脳脊髄液減少症について文部科学省が周知を始めた模様。治療はブラッドパッチが一定の効果があるようだ。自分はこの検査を受けたことがない。今度神経科に行くときに相談してみようかなと思う。この病気?は、立っているとつらく、横になると楽になるらしい。問題は、ほとんどの病気はそういうものだという点。以下ニュースサイトから無断転載。情報求む。
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交通事故やスポーツなどで発症するとされる「脳脊髄(せきずい)液減少症」(髄液漏れ)を巡り、文部科学省は髄液漏れの存在について幼稚園から大学までの学校現場に広く周知することを決めた。医学界で発症報告が増加していることや、患者側の「教師や同級生の無理解が子どもたちを苦しめている」との声を重視した。
2006年11月11日 (土)
学生の頃のボランティア
学生の頃、学習ボランティアを2年やった。何らかの理由で両親や親戚がいない子供のための施設がある。その施設から、学校に通っている。幼児から中学生までいる。そこにいる理由は様々。両親が事故死した子もいれば、自分の親を知らない子もいるだろう。それを聞く理由はないし、聞かないようにしていた。市の施設だったが、予算の関係で夏もお風呂に週2回しか入れないらしい。運動部の子はかわいそうだった。こずかいも、いちおうある。でも微額で、数ヶ月ためないと映画にもいけない。行く時は、お金が足りないのでバスは乗れず歩いて行くと言っていた。近くに映画館はない。映画館でポップコーンも買えないだろう。喉が渇けば手洗いの水道を飲むのかもしれない。20年前の話しで、今は色々変わったろう。良い方向に変わっていることを望む。(離婚率が上がっているので心配だ。父親も母親も、子供を受け入れない離婚パターンも多いだろう。)
ところで、当然施設の子供達は、塾などに通えるわけもないので、学習ボランティアが必要になる。僕の担当は、小学校4年生の女の子と、小学校5年生の男の子だった。勉強も教えるけど、学校で、はやってる遊びの話し(雑談)もした。男の子は、「あいうえお」を全部漢字に置き換えて暗号みたいな文章を作るのが好きだった。女の子は、僕が当時通っていた学校のことや、恋人がいるのか聞いてきたりして困った記憶がある。バレンタインの日には、学校の図工であまった粘土で女の子の人形を作ってくれた。絵の具できちんと色が塗ってあって、ビーズのネックレスをしていた。手のひらに乗せた時、すごく重く感じた。(中学生を教えているメンバーは気をつけないと担当の子に恋愛感情を持ってしまう。それが一概にいけない事ではないが、ただでさえ複雑な生活環境をさらに複雑にしてしまいかねない。しかし、中には施設にいる理由を聞かされてしまい。同情心がはちきれそうになる奴もいた。無理もないだろう。自分は、親に学費払ってもらって、平和にやってる。ところが、世の中にそいった平和な状況と全く異なった世界があることに困惑と怒りも感じたろう。ある日、絶対にやってはいけないことをやってしまったメンバーがいた。担当の子の誕生日に小さな贈り物をしてしまったのだ。どうしてか分らないが、直ぐにバレてしまった。子供達は6人ぐらいで、共同部屋で暮らしているが、うれしくて見せびらかしてしまった、のかもしれない。300円ぐらいの文房具だった。ボランティアのメンバーは10人ぐらいだったが、ルールだからダメだけど、気持ちは良くわかる。だから、言葉少なげだった。贈り物は、贈り主に戻された。誰も深く問い詰めなかった。)
えー・・それでですね。この話しが、現在のめまいの話しに関係してくるわけですが・・・
昔の思い出に浸っている間に、どうつながるんだが忘れてしまいました爆(大丈夫か??頭?めまいで脳細胞やられてるかも・・)
きっとあの子達も今は自立して、結婚して子供がいる子もいるかもしれません。幸せになっていると思います。今となっては名前もうる覚えだけど、勉強教えにくるお兄さんがいたな確か・・ぐらいの記憶が残っていると思います。
お兄さんはいま、 め ま い ・ 吐 き 気 で困っているよ。逆に助けてもらいたいぐらいだよ
アハハハ!! はぁ・・
2006年11月 8日 (水)
自殺と、いじめと、めまいと、吐き気
自殺問題について考えた。統計など見ながら理論的に考えたのではなく単なるイメージの組合せでしかない点を断っておく。まず、高齢者の自殺が多いのは、高齢者=不健康という強い相関がるから、(私のように)程度の差があれど、体調が悪い日々が続けば嫌になるのは仕方ないだろう。(健全者には解らないと思う。)
それと、長い人生経験から、現在から自然死までの余生が、容易に外想できること。人生何が起きるか分らないと言っても、本人の予想は、恐らく正しいケースが多いだろう。そう思った瞬間、「そうしか」ならない物だろうし。また、「やりつくし感」もあるかもしれない。要するに、やりたかった事は全てやってしまった。行きたいところ、見たいもの、聞きたいこと、やりたい性癖、全部果たした。別に後は何もない。そういう考え方や現象が、良いか、悪いか、どうあるべきかは、ケースによって違うし、倫理観や宗教観の違いで議論しても、決して収束しないだろう。いくら続けても哲学的な領域に突入するだけで、健康な人でもめまいが起きる議論の果て、結論は出ないだろう。(ただし、議論を続けることに意味はあるだろう。)従って、人は頑張らないければならない、遺族も悲しい、命は大事、後処理が大変?、だから自殺よくない、という表面的議論で濁すしかない。
一方、子供の自殺は難しい。外野的には、将来の可能性の放棄が嘆まれ、悲惨度は高く感じられる。しかし、本人にとっては、そんな事は知ったことではない。知らないことが不幸かどうかだけでも議論は果てないだろう。小中学生ににアンケートを取ると、いじめが悪いことだと思う子供は半分以下らしい。常々感じることがある。現代の子供の一番の問題は、「子供が余裕の無い大人達に囲まれていること。」にあると思う。変化の早さに付いていこうと必死の大人には、自分が子供だった頃を思い出して振り返る余裕なんてない。自分のストレスや、回避した責任を子供にバシバシ押し付ける。子供は自己防衛本能を発揮し、転化されてきたストレスの再転化や、競争社会の原理通りの行動にでる。多くの子供がそういう環境だから、アンケートを取ると半分以上の子供がいじめは別に悪くないと主張する。それに、半数近い子供が、一度や二度は、いじめ加害者の経験を持っているだろう。自分の過去の行動に誤りを認める事は、即いじめの対象になる事を本能的に知っている。現代社会は、自分の失敗をひた隠し、他人の失敗を猛攻撃しないと生きていけない事を知っている。
いじめ問題は、めまい問題と極めて大きな共通点があることに気付く。それは両者とも非常にやっかいで難しいということ。あまりにひどい結論なので(後日書き直したい。)
なんという・・・なんという・・・寝ます・・
2006年11月 7日 (火)
自殺
自殺する人多いですね。新たな人生の選択肢のひとつになってしまうように感じます。小学生あたりに、「将来の夢」みたいのを書かせたりする授業が今もあると思うけど、クラスの数人は、「大きくなったら死にたいです。」みたいな子供が何人かいて、先生も社会もクラスも親も、それを受け入れている未来がくるかもしれません。(現時点の世間一般の平均的倫理観と照らし合わせて、それが良いか悪いかは別問題ですよ。)
死にたい人は、時期をあらかじめ宣言する義務があって、臓器や血液や骨格や角膜や全部必要な人に回されます。先進国では人口爆発の問題は解決しているので、特に自殺一時金みたなものは国から支給はされません。第3セクターの機関から、その人の自殺が正しかったかどうか一応判定が遺族に通知されます。
国は、国民一人一人の健康状態をデータベース化し把握しています。私のめまいに関するデータも入っていて、ある日、めまいを止めるのに必要な小脳の一部が私に提供されることになります。
SFみたいな妄想ですね。でも、100年後にはそんな未来かもしれません。100年は遅いな。2007年ぐらいに実用化してほしいです。
大量の死は、単なる統計に過ぎず、私にとって重要なのは、私自身のめまい・吐き気の改善にあります。
まぁ、「お前が逝ってヨシ!」って感じですが・・
2006年11月 6日 (月)
出社
いつもどおり出社。③連休薬なし実験のせいで体調はいまいち。体調がいいと躊躇する朝の薬も、今日はなんのためらいもなく服用。飲まないと会社にたどり着かないのが自明だから。そして、昼過ぎにゆらゆらしてきて、気持ち悪い。吐きそうだ。あわててリーゼを飲み足すが、タイミング遅かったかな。ほんとにイッパイイッパイの状態だった。なんとか吐かずにすんだが、仕事は何もできなかった。仕事してるフリがつらい。無意味にメールを読み直したり、処理済の書類を整理してるフリして並べてみたり・・やる気がどうのこうのでなく、思考する余裕がないのだ。めまい・吐き気と戦うので精一杯。体調不良を訴えて帰るのが吉だが、体調不良は知られたくない。夕方、血中濃度のピークあたりで今度は気持ち悪いまま眠たくなる。めまいと吐き気と眠気の最悪の気分。なんとかせねば・・
話し飛ぶけど、自殺多いね。年間3万人ぐらいだっけ?交通事故が年間1万人ぐらい。労災が2万人ぐらいだったかな?イランイラク戦争って10年間続いたらしいが、1万人死んでないらしい。日本ってほんとに平和なのかな?飢餓を救おうみたいなキャンペーンを良く見るけどどうなんだろう。飢餓を救われた子供は、子供を大量に持つだろう。ミクロにみれば、人助けだが、巨視的にみれば地球を人口爆発による破壊に導いているのでは?せめて、避妊や、効率のよい継続的収穫の見込める食料生産をセットで渡さないと後日大規模な飢餓を呼ぶのでは?悲しいが、子供の飢餓とエイズの蔓延によって、現在の人類は存続を許されているのかもしれない。めまいが治ったらよく考え直してみます。寝ます。
2006年11月 5日 (日)
三連休
薬止めてみた。薬っていっても麻薬でないよ。安定剤ね。
だめ。2日なしで、今日アウト。ふーーーらーーぁーーー・・・首が凝る。首の圧力が高い感じ。気持ち悪い。眼がしょぼしょぼ。
うー---ん。むつかしいことはかけないなぁ。なんかかこうと思ったことがいくつかあったんだけど、わすれました。連休中に色々考えを整理しようとおもったんだが、だめだな。ううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううーーーーーーーーーーーーーーーーーん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2006年11月 1日 (水)
地震の腹立たしさ
震度1~2は、めまいと区別がつかない。ゆらゆら感じても、地震なのかめまいなのかわからない。確認しないと、薬の量が不安になる。だから、まわりの物が揺れていないか凝視してしまう。天井からつるされた照明などだ。それが揺れているとホッとする。ぶら下がっている物が無い場合は、Netで地震情報を見る。決して付近の人には聞けない。地震ならいいが、そうでない場合は、余計な気を使うことになる。聞かれるほうも、うっとうしいだろう。
蛍光灯のチラチラもつらい。視神経を通して脳の負担が大きくなるのだろう。だから、チラチラしている蛍光灯は、外してしまう。
話しが飛ぶが、なぜブログなんて書いているのか?特効薬を誰かが教えてくれる、なんてことは無いのは解っている。まぁ、めまいの発症統計の足しになる可能性はあるだろう。仮にブロガーの1割がめまい・吐き気に悩んでいれば、製薬会社や医師会が対策を考えるようになるだろう。
また飛ぶが、自分は、吐き気で困っている。でも、世の中いい話題より、悪い話題のほうが多い。ある意味、まともな人は、いつも吐きたい気分だろう。麻痺している人は、楽しい日々を過ごす。まぁ、テレビは視聴率が大事で、人目の引く話題を倫理の限界まで誇張して放送する。すなわち、吐き気を催すような番組がもっともその目的に即す。十分その点について意識しながら視聴すれば、それほど吐き気は感じないだろう。そうしているのに、吐き気を感じる。それも、テレビを見ていなくてもだ。従って、私は体調に不具合を抱えているわけだ。治したい。
2006年10月30日 (月)
めまい
何なんだこの吐き気は・・
吐き気と言えば一般的に胃腸薬。
無駄と解っていても、胃腸薬を試してしまう。いたたまれず飲む。しかし、胃腸が悪いわけではないので、全く効かない。やっぱり効かずに余計落ち込む、という繰り返しを学習機能が壊れているのか繰り返してしまう。
リーゼを飲むと、めまいの前に吐き気が治まってくるのだが、ある事に気付いている。それは、薬の血中濃度が上がってくると(20~40分後くらい)まず、ゲップが出るのだ。でも、食べ過ぎの時に出る大きなゲップではない。控えめなゲップ。空腹でも、胃に何か入っていても同じ感じだ。ゲップが出ると吐き気が急速に治まってくる。なぜだろう。リーゼの成分が胃液と反応して何か気体がでるのだろうか??たぶん違う。胃腸を司る神経が正常モードに戻って、胃腸が正常に動き出すとゲップが出るような気がする。あくまでイメージなので、そういうメカニズムなのかどうかは解らない。
ところで、何のために書いてるブログなのか自分でも未定義だが、アクセス数を見ると、毎日数人の方が見に来ているようだ。たしか、コメントは書けるようになっているので、何かあったら書いてみて下さい。
しかし、ダラダラ見づらい長文ブログなので、ここをジックリ読んでいる人がいるとすれば、やっぱりめまいで困窮している人なのだろうなぁ・・
2006年10月23日 (月)
飲酒運転
たしか、どこかの100円ショップでかったような記憶。
勿論、めまい・吐き気に効果はない、っていうか体に悪い不純物が入っていないか精神的に悪い。(たぶんそんな事はないと思うが、妙に安いので・・)
ところで、仕事でどうしても電車に乗ったり、車を運転したりする。電車で吐けば、まさに公衆の面前であり、武士なら死んだほうがマシという展開だろう。でも、そのまま動けなくなれば、駅員が救急車をよんでくれて命は助かるかもしれない。(気が遠くなってホームから落ちれば別。従って、状態が悪い時は、なるべくなるべくホームの奥のほうにいることにしている。そして、馬鹿くさいのが改札を出る時思うこと。「あー、ここから先は駅員が助けてくれる事はなくなる。倒れるなら出る前だな・・」などと本気で思う。めまいが無ければいくらでも冒険に向かうのに、くそぉ・・)
そして、車の場合。吐いても公衆の面前ではない。従って、気楽に吐ける。その代わり状態が悪い時は、まさに死と隣り合わせとなる。ある意味、飲酒運転並みに危険だ。自分だけでなく、周辺の人を巻き込んだ事故を起こす事も考えられる。まづ、めまいがしてくると、左車線に移る。どんなに、低速車が前にいても追い越し側には出ない。限界に達した時に左側にいないとスグに路肩に止まれないからだ。現に危険を感じ、路肩に停車したことが2回ほどある。泣きたい気分になる。
しかし、もっともつらいのは「えっ、僕もそっち方面行くんだよ。乗せてって。」言われたとき。助手席には会社の人。気分が悪くなっても、感づかれないように、つい振舞ってしまう。勿論、ちょっと席を外す、ってことも出来ない。地獄だ。(助手席が気になる女性社員だったりする事も極々極めてまれにある。しかし、めまいに待ったなし。何を話しているのか分らなくなるぐらいつらい。)←別に女性に免疫がないからではなく、単にせっかくの機会が吐き気で台無しになるのが悲しくて腹立たしく、つらい。
まぁ、何事も無理はしません・・・・・・・・・・・・。



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